鋭い視線を向ける瑠駆真に対し、相手はゆったりと長い足を組み替える。
飲みかけのコーヒーに脱ぎ捨てられたTシャツ。物は多くないのになんとなく乱雑とした室内。ワリと几帳面な瑠駆真の部屋も、さすが男の一人暮らしといったカンジに、ほどよく乱れている。
「悪いけど」
メリエムは幼子をあやすような口調で言った。
「こればっかりは譲れないわ」
「勝手を言うなっ!」
吐き出すような言葉。今日、何度目のセリフだろう?
本当は、部屋になど入れたくはなかった。だが、部屋の前で執拗にチャイムを鳴らし続けられては、無視したくともできるはずはない。マンションの入り口は、合鍵で通過している。きっとこの部屋を借りるときに一本父親へ渡したものだろう。
美鶴へ貸した部屋同様、瑠駆真の部屋もまた、プライベートを重視した高級マンションの一室。
本当は、同じマンションの部屋を用意したかった。だが、満室では無理というもの。
景気の回復をこんなところでだけ感じるコトができると、周囲から冷やかしの目で見られるような存在。その一室で対峙する、瑠駆真とメリエム。
勝手に入り込んで来なかっただけマシと言うべきだろうが、しつこい女だ。
だが、メリエムならば当然か……
心のどこかでそう納得する。
メリエムは、ミシュアルの為ならばこのくらいはするだろう。
そう…… 瑠駆真の父である、ミシュアルの為ならば―――
「勝手はどっち?」
怒声にも臆することなく、メリエムは呆れたようにため息をつく。
「今までさんざん勝手我侭を言ってきて、その言葉はないでしょう?」
「なんだとっ!」
「日本に帰りたいと言った時も、ミシュアルは反対もしなかった。あなたの為にこの部屋まで用意してくれた。ミツルの為にもう一つ用意しろと言った時も、ミシュアルは大した詮索もせずに了解したわ」
「当たり前だっ!」
拳を握り、右足で床を叩く。
「母さんが生きてた時には一度だって僕の前には出てこなかったくせに、母さんが死んだ途端、いきなり父親ぶりやがって。勝手にアメリカに連れて行って、今日からここで生活をしろと押し付けられて」
「それは―――」
「うるさいっ!」
ヒステリーのような声をあげて、メリエムの言葉を遮る。
「下手な言い訳はたくさんだっ!」
もう数日で盆。
心地よく冷房の効いた室内で、だが瑠駆真は、じっとりとうなじに汗をかいている。
「あんな環境で生活できるかっ! この部屋だって、アイツが用意して当然なんだっ!」
「ミツルの部屋は?」
「それも当然だっ!」
「どうして?」
メリエムの語気が、心なしか強まる。
「どうしてミツルの部屋まで、ミシュアルが用意しなくてはならないの?」
「父親なんだろう?」
意地の悪い笑みが、口元に昇る。美鶴の前では決して見せない下劣な笑み。
「アイツは言ったんだ。僕の望みはすべて叶えるってね。今まで僕や母さんに苦労をかけた分、僕の為になんでもしてくれるってね」
「ルクマ………」
「いいじゃないか。マンションの一室くらい、アイツには大したモンでもないだろう? なにせ、王家の跡継ぎなんだからなっ」
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